今まで世界遺産を学んできて面白いと思った話を中心に紹介していきます!!

あなたの知らないモン・サン・ミシェル

世界中の人々を魅了し続ける聖なる絶景
モン・サン・ミシェル

行ってみたい世界遺産ランキングでも常に上位に挙がる場所ですが、テレビや写真などでは見たことあるけど、どんな場所なのかは知らないという方も多いかと思います

そこで今回はモン・サン・ミシェルの成り立ちや歴史について紹介していきます!

果たしてモン・サン・ミシェルとはどのような世界遺産なのでしょうか?

モン・サン・ミシェルとは

モン・サン・ミシェルはフランス北西部のサン・マロ湾に浮かぶ周囲900メートルほどの小さな孤島と、その上に立つ修道院で

モン・サン・ミシェルを日本語にすると聖ミカエルの山

つまり、モン・サン・ミシェルとは特定の修道院のことを指すのではなく島全体(聖ミカエルの山)のことをモン・サン・ミシェルと呼ぶのです

そんなモン・サン・ミシェルですが、実は2つの世界遺産に登録されています

1つは1979年に単独で登録された「モン・サン・ミシェルとその湾

そして2つ目は1998年に「フランスのサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路」の構成資産の1つとして登録されました(サンティアゴ・デ・コンポステーラについてはまた別で詳しく紹介します)

1つの遺産が2つの世界遺産に登録されるなんてびっくりですよね

モン・サン・ミシェル伝説

モン・サン・ミシェルが誕生したきっかけはという神秘的な伝説があります

現在は海に浮かぶ孤島として知られていますが、かつては陸続きのトンブ山と呼ばれるケルト人の聖地でした

そこから5km離れたトンブ山を見渡せる丘の上にアヴランシュという町があり、そこにある教会にオベールとういう司教がいました

708年のある日、オベールが寝ていると夢の中に大天使ミカエルが現れ、こう告げました

 
ミカエル
岩山トンブに聖堂を建てよ

しかし、オベールはどうせ夢だろうとお告げを聞き流しました

次の夜、再びオベールの夢にミカエルが現れ聖堂を建てるように告げますが、それも聞き流したオベールに対し、3度目に現れたミカエルはついに怒り、指先でオベールの頭に触れたのです

そのとき、ミカエルの触れた頭の箇所に、本当に穴があくという奇跡がおき、そこでようやく天使の存在を信じたオベールは、小さな聖堂を岩山の上に建てたのです

そして、聖堂が完成するとみるみるうちに潮が満ちてきて、一夜にしてモン・サン・ミシェルは現在のように、海に浮かぶ孤島となりました

以上がモン・サン・ミシェルの始まりです

一体どこまでが本当の話かわかりませんが、実際にこの伝説はモン・サン・ミシェルの壁にレリーフとして描かれています

3つの顔を持つモン・サン・ミシェル

神への祈りを捧ぐ聖なる場として建てられたモン・サン・ミシェルですが、常に数奇な運命に翻弄され続けていたことをご存知でしょうか

これまでの歴史の中で、いくつかの顔を持つことになるモン・サン・ミシェルを順に紹介していきます

修道院としての顔

708年に司教オベールによって小さな聖堂が建てられた後、966年に一帯を治めていたノルマンディー公リチャード1世によってカトリック教会ベネディクト派の修道院が造られ修道士たちの暮らしが始まります

その後新たな修道院が次々と増築され、ヨーロッパでも有数のキリスト教巡礼地として、多くの巡礼者が訪れるようになりました

13世紀にはフィリップ2世の寄進によって、北側の岸壁の上に修道士が暮らし、修行する場としてラ・メルヴェイユ(驚異の建築)と呼ばれる建物が完成します

キリスト教で宗教的な修行を行う実践者を【修道士】、修道士が修行・生活を行う施設を【修道院】と呼ぶ

城塞としての顔

その後、1337年にフランスとイギリスとの間に百年戦争が勃発します

フランス沿岸の孤島であるモン・サン・ミシェルは城塞としての働きを求められ、一度もイギリス軍の手に落ちることのなかった難攻不落のモン・サン・ミシェルは武装化の道を進んでいくことになりました

この時修道院は閉鎖され、城壁や塔が築かれて、修道院建築と要塞が融合した現在の姿かたちになったのです

16世紀の宗教戦争の際も、旧教徒軍がモン・サン・ミシェルに立てこもり新教徒軍の攻撃をしのぐなどして使われたため、次第に修道院は衰退していってしまいます

監獄としての顔

さらに1789年にフランス革命が起こると、革命政府の政令により修道士たちは島から退去させられ、ついに800年続いた僧院の生活が途絶えてしまいました

その後、海に囲まれた立地を活かし革命政府が国立の監獄とし、島全体が監獄化してしまいます

また、パリのバスティーユ牢獄の分室であったためか、海のバスティーユと呼ばれ、恐れられていました

ナポレオン3世が監獄を廃止するまでの約70年の間に、革命に反対する思想犯や政治家、そして一般の犯罪者たち1万2千人以上が収監されていたと言われています

さいごに

監獄が廃止となった後、建築家たちの働きにより、歴史的な建造物としての価値が認められ観光地として発展し、栄えていきました

1966年には数名の修道士が移住して再び修道院生活を一部再開始し、現在でも約10人の修道士・修道女が島内で生活しています

1300年以上の歴史の中で様々な顔を持ち、今に至るモン・サン・ミシェル

実際に行くときには、ぜひこれらの話を思い出してみてください

その歴史を知っているか知っていないかで見方が変わってくるはずです

最後まで見ていただきありがとうございました!