今まで世界遺産を学んできて面白いと思った話を中心に紹介していきます!!

あなたの知らないエッフェル塔

パリのシンボルエッフェル塔

今では世界遺産にも登録され、フランス旅行の定番スポットにもなっているエッフェル塔ですが

建設当初は批判を受けたり、解体の可能性があったりしたことをご存知でしょうか?

今回はそんなエッフェル塔について紹介していきます!

エッフェル塔とは

フランス・パリにあるエッフェル塔は、1889年のフランス革命100周年を記念して、パリで開催された第4回万国博覧会に向けて建設されました

エッフェル塔を建設したのは、名前の由来にもなっているアレクサンドル・ギュスターヴ・エッフェルという人物

エッフェルが社長でもあった建設会社・エッフェル社は、エッフェル塔が出来る前から鉄材を使った橋や駅舎などを建設していて、鉄骨構造の建築で高い評価を得ていました

その後、パリ万博が開催されるにあたり目玉となるモニュメントを決めるコンペティションが行われると、以前から評価の高かったエッフェル社の鉄塔をつくる計画案が採用されたのです

1887年1月に建設が開始され1889年3月に当時としては世界で一番高い高さ300メートルで完成しました

「パリのセーヌ河岸」の構成資産のひとつとして1991年に世界遺産に登録されています

エッフェル塔単体が世界遺産に登録されているのではありません

エッフェル塔解体の危機

実は、エッフェル塔はなくなっていたかもしれないのです

パリ万博では大盛況だったエッフェル塔ですが、万博後は徐々に入場者数が減っていきました

そして、もともと完成から20年後の1909年には塔の権利をパリ市へ引き渡す契約になっていたので、そのタイミングでエッフェル塔は解体される予定でした

しかし、エッフェル塔を軍事用の電波塔として使用するというフランス軍の提案により、国防上重要な建築物として認められ、なんとか解体を免れることになりました

現在でもラジオなどの電波塔として使用されているので、今後解体される心配はないようですね

エッフェル塔は嫌われていた!?

今ではみんなに愛されるエッフェル塔ですが、建設当初は多くの市民や文化人などから大批判されていました

芸術家たちからはエッフェル塔建設に抗議声明が出されるほどです

多くの人が大反対する原因は、当時では考えられないその奇抜すぎる外観にありました

というのも、今でこそ鉄骨構造の建物は当たり前ですが、産業革命によって鉄が大量生産出来始める19世紀ごろまで、西欧諸国では石造りの建物が主流でした

またフランスは、19世紀後半にジョルジュ・ウージェーヌ・オスマンという県知事が行なったパリの大改造で、建物の高さや、色、窓の大きさまでもが統一され、歴史的建造物の視界を邪魔するものがないよう整備されました

都市計画は成功し、近代都市へと発展してからは景観を文化の一部として意識するようになりました

その結果、鉄の塊が空を切り裂くように高くそびえる建築計画が発表されると、多くの批判が集まったわけです

ところが、その後パリで行われた万国博覧会では、エッフェル塔は多くの観光客を集め、大盛況で万博を終えます

そして今度はエッフェル塔の景観を守るために、エッフェル塔の周りに高い建物を建てることが法律で禁止されました

以前は嫌われていたとはとても思えないほどの扱いですね

さいごに

今回はエッフェル塔について紹介していきました

エッフェル塔は鉄がむき出しのため、錆びるのを防ぐために塗装する必要があります

それもただ塗るだけではなくパリの風景と馴染むように塔を上中下で3つに分け、下から上へ徐々に明るくなるように塗り分けているそうです

エッフェル塔をはじめとするパリの街並みは様々な人の努力や工夫によって美しさが保たれているのです

最後まで見ていただきありがとうございました!